最近、ニュースで見ない日はない「移民問題」。 でも、その議論の多くは「数字」や「制度」の話ばかりです。少し視点を変えて、この状況を「国全体を使った、かつてないほど壮大な社会実験」だと捉えてみると、今まで見えなかった景色が浮かび上がってきます。
その実験のテーマは、「私たちが今の便利な暮らし(既得権益)を守るために、誰の身体を、どんな風に借りてくるのか?」というものです。
1. 「便利さ」という既得権益を支えるパッチワーク
私たちの日常を思い出してみてください。24時間開いているコンビニ、スマホ一つで届く温かい食事、そして格安で手に入る服や野菜。これらはすべて、誰かの「肉体労働」によって支えられています。
少子高齢化が進む中で、本来ならこれらのサービスは維持できなくなるはずでした。でも、そこを「移民」という新しい力で補うことで、私たちは自分のライフスタイルを1ミリも変えずに済んでいます。
これは、社会という大きなマシーンが止まらないように、外から新しいパーツ(労働力)を組み込み続ける、ある種の精密な実験のようなものです。支配する側や恩恵を受ける私たちは、無意識のうちに「自分の手は汚さず、快適さだけを享受する」という既得権益を守る側に回っています。
2. 「ケア」の現場で起きている、心の通い合いと支配
この実験の中で、最も人間的な「性」や「身体」が関わるのが、介護や育児といった「ケア労働」の現場です。
これまで、家庭内でのケアは主に女性が担ってきました。しかし、社会が変わり、女性たちが外で活躍し、自分たちのキャリア(既得権益)を築くようになると、家の中に「身体をケアする人」がいなくなりました。そこで期待されたのが、海外から来た女性たちです。
ここで少し立ち止まって考えてみたいのは、その関係性です。 「雇う側」と「雇われる側」。そこにはどうしても、埋めがたい力関係が生じます。家という密室で、他人の身体を拭き、食事を助け、感情をなだめる。それは本来、とても尊い仕事ですが、もしそれが「安く買い叩ける労働力」として扱われてしまったら……。
それは、特定の誰かの身体を、自分たちの都合の良いようにコントロールする「支配の構造」を認めてしまうことにならないでしょうか。
3. 「見えない壁」を作るという実験
この社会実験には、不思議なルールがあります。 「労働力」としては歓迎するけれど、「同じ人間」としては深入りしない。そんな、目に見えない透明な壁が作られているように見えます。
例えば、移民の方々が自分の家族を作ったり、恋愛をしたり、地域に深く根を張ろうとすることに対して、どこか慎重な(時には拒絶的な)空気が流れることがあります。これは、彼らを「人生を持った一人一人の人間」としてではなく、「機能を果たすための身体」として管理しようとする、実験的なコントロールの一環かもしれません。
「都合の良い時だけ助けてもらい、それ以外は見ないふりをする」。 そんな不器用な関係性が、今の社会のあちこちで試行錯誤されているように感じます。
4. 誰がこの実験の「責任者」なのか
この実験をコントロールしているのは、国や大きな企業かもしれません。彼らは「既得権益」を守るために、どの蛇口をひねれば安く労働力が手に入るかを計算しています。
でも、その実験から生まれる「安さ」や「便利さ」という果実を、私たち自身も受け取っています。私たちは知らないうちに、この壮大な実験の「共犯者」になっているのかもしれません。
移民の方々の「性」や「尊厳」を脇に置いて、ただ「労働力」としてだけ消費し続ける社会。それは果たして、私たちが本当に望んだ未来なのでしょうか。
おわりに:実験の先にある、新しい関係
「壮大な社会実験」は、今も続いています。 でも、実験の結果を決めるのは、ルールを作る側だけではありません。
移民という言葉の向こう側には、私たちと同じように、誰かを愛し、家族を思い、自分の身体を大切にしている「人」がいます。 既得権益を守るために誰かをコントロールするのではなく、お互いの「身体」と「尊厳」を認め合えるような、新しい関係性をデザインすること。
それこそが、この実験を「成功」に導くための、唯一の答えなのかもしれません。

コメント