無垢な仮面の下の、血を吐くような叫び
「かわいいだけじゃだめですか?」 SNSの喧騒の中で、あるいは夜の寝室の静寂の中で、この言葉は繰り返される。
それは単なる甘えではない。能力、知性、生産性、そして若さ……。あらゆる価値を数値化し、奪い合う「洗練された弱肉強食」の世界から、一刻も早く亡命したいという、剥き出しの生存本能が漏らした悲鳴だ。
だが、この問いは同時に、残酷な二極化を突きつける。「かわいい」という聖域に逃げ込める者と、そこから叩き出された「悪」としての存在。
その境界線で、女性たちの理性は溶け落ち、ただ生存を賭けた審判を待つことになる。
理性を溶かす、防衛としての「性」
男性という生き物が持つ、支配したいという本能。
それを逆手に取り、自らを「かわいい」という記号に貶めることで、攻撃を回避し、資源を勝ち取る。これは極めて高度で、かつ背徳的な生存戦略だ。
相手の懐に入り込み、その猛々しい理性を溶け落とし、ただの「愛でる獣」へと変えてしまう。
その快感を知った女性にとって、「かわいい」はもはや自分自身ではなく、世界をハッキングするためのインターフェースとなる。
「かわいいだけじゃだめですか?」という問いは、裏を返せば「この魔法(ハック)だけで、あなたのすべてを支配させてはくれませんか?」という、狡猾な誘惑に他ならない。
「かわいい」を奪われた瞬間に始まる、性の処刑
だが、この魔法には、あまりに重い代償がある。
「かわいい」という一点のみに価値を全振りした生き方は、その輝きが溶け落ち始めた瞬間、即座に「死」へと直結するからだ。
若さを失い、男性の性的渇望を刺激しなくなった肉体。その時、かつての「かわいい」という免罪符は、そっくりそのまま「無価値」という名の重罪に反転する。
かわいくなくなった女性は、もはや性的資源を奪うだけの「悪」として、市場(ベッド)から排泄される。男性の理性を溶け落とす力を失った肉体には、慈悲も、居場所も、救済も与えられない。
この世界において、かわいくないことは、存在すること自体が他者への不快という名の加害なのだ。
絶頂の果てに「かわいい」が溶け落ちるとき
最も皮肉なのは、究極の親密さであるはずの性愛の場において、この「かわいい」が最大の足かせとなることだ。
男が求めているのは、記号としての「かわいい」を蹂躙し、その下にある、かわいくない、生々しい、泥臭い「生」を摂取することである。
女性が「かわいいだけじゃだめですか?」と必死に縒り(より)を戻そうとしても、欲望の炎は容赦なくその仮面を焼き切り、溶け落としていく。
無垢を装いながら、内側では誰よりも深く食い合い、支配し合いたいと願う本能。その「かわいくない真実」が露呈したとき、初めて「かわいい」という正義のまやかしが完成するのだ。
かわいくない者は去れ、という福音
「かわいいは正義」という教典を信奉する限り、私たちは永遠に、自らの肉体を処刑台へと運び続けることになる。
「かわいいだけじゃだめですか?」という問いに、世界は今日も冷たく答える。 「ああ、かわいい間だけは、だめじゃない。だが、それが溶け落ちたら、お前に生きる価値など微塵もない」と。
私たちは今日も鏡に向かい、明日には消えてしまうかもしれない「かわいい」を、祈るように顔に塗りたくる。
その指先が震えているのは、かわいくなくなった自分という「悪」に、いつか食い殺されることを知っているからだ。

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